あなたの辛さ、苦しみの原因① 「エゴちゃんが守り神」
こんばんは!シリウス洋子です。
今日は、前回の記事でお知らせした
「あなたを癒やしながら子供やペットのお世話をしたり、他者に貢献することで早く治すもの」
についてのお話です。
今苦しくて仕方がない方、全く力が出てこない方は、治療が必要だと思います。
スピに依存せず、精神科での治療、心理学を用いた臨床心理士などの専門家のカウンセリングを受けて、あなたの心が前向きになるところまで持っていきましょう。
そして本題に入る前に、なぜ私が今、こんなお話をするのかをちょっとだけ聞いてください。
私はこれまで様々な「被害」に遭ってきました(プロフィールをご覧ください)。
もちろん毒親育ちです。
一番辛い時に私を守ってくれなかった親、大人、社会、警察、宗教団体、
嫉妬の心から私を理不尽に攻撃し続けた人、
騙して大金を盗んでいった人、
いろいろいます。
私は自分を守るために復讐に燃えました。
まだ未成年の時に親と縁を切り、家を飛び出し、路上生活をしました。
建物の屋根を借りて雨風と寒さから身を守りました。
食べるものがなく、眠って飢えをしのぎました。
畑に行って農家さんから余った野菜をもらって食べました。
働きに出ても、給料を払ってくれませんでした。
友人がお弁当を持ってきてくれました。
大人になってからは、法律という武器を手にして、彼らを断罪しようとしました。
でも裁判所さえも私を守ってくれませんでしたし、日本の法律は、それほど弱者を守るものではなかったのです。
苦しい、死にたい、どうしたら楽に死ねるのか。
飛び降りは怖い
首吊りも怖い
毒薬は入手できない
トラックの前に飛び出して跳ねてもらうか
いろいろ考えたけど、勇気がなくてどれも答えになりませんでした。
死ねないなら生きなきゃいけない。
生きるにはどうしたらいいのか。
復讐も完遂できない。
でも許せない。
生きるのが辛い。
なぜ生きなきゃいけないのかがわからない。
生きるには働かなきゃいけないけど、その力が出ない。
生きる力を!
誰か私に生きる力を与えてくれ!
ずっとずっと叫んで叫んで身につけたかったものは
「生きる力」でした。
それからも引きこもりを初めとした様々な体験を経て私が気づいたことは。
いつまでも「被害者」を続けていたら、自分が苦しいだけだ
という結論でした。
死ねなくて生きなきゃいけないのであれば、「被害者」のままではダメだ、ということ。
私は幸福になる方法を探しまくりました。
自己啓発、スピリチュアルなどを約30年間やってみて、無駄に終わったどころか、余計な回り道だったことにも気づきました(ただし、この「回り道」は、悟りの視座から見れば、どれも必要な寄り道であって、無駄ではなかったんですけどね)。
そして30年間の「無駄」な体験を経て私が皆さんにお伝えしたいのは、
腹をくくって幸せになる!と決断すれば、必ず幸運の扉は開かれるということです!
幸せになるには覚悟が必要です。
私たちが不幸だったのは、不幸になるような脳の自動思考が起きていて、それに自分を任せてしまっていたからです。
そうではなく、自分の思考とそこから出てくる感情を監視して、
「本当にそうか?」
と日々、疑問に思って自分の思考を冷静にチェックしてみました。
その頃からスピリチュアル依存をやめ、自分の思考を観察するという悟りの方向へ向かい出しました。
※スピリチュアル依存とは、ワクワク・ポジティブ思考、高次元、チャネリングなどの他者に依存する傾向の強いもの、「真我」から遠ざかるものです。
依存をしないスピリチュアルは含まれていません。
すると、
「なんか自分は、自分にとって辛い出来事ばかり思い浮かべているな~」
って気づき始めたんですね。
両親は毒親でしたけど、私のために懸命に仕事や家事をしてくれている面もあったのに、それは見ずに、自分の辛さになるようなことばかりを考えてしまっていたんです。
毎日毎日朝早くから起きてお弁当を作ってくれたこと、
靴下や体操服を洗ってくれたこと、
学費を出してくれたこと、
そんなことは棚の上にあげてしまい、自分にとって辛い出来事ばかりを考えてしまっていたんですね。
視野がとてもとても狭くなっていたことに気づいたんです。
これが苦しみからなかなか抜けられないループなのです。
エゴちゃんのワナです。
辛いと辛い思いがもっと辛い思いを生み出し、どんどん再現フィルムが回りっぱなしになってしまうんですね。
これを悟った後に観察してみると
「私は辛い、私は毒親育ちで、可哀そうな被害者」
という思考(自我意識、エゴちゃん)が、自分を正当化するために起こす再現現象だということがわかったんですね。
どういうことかというと、「自分は辛い」という思いは私たちの正常な思考ではないんですね。
生まれてきた時には、喜びであふれていたでしょう(真我の状態。本来の私たちの状態)。
赤ちゃんの時にはみんなに微笑み、未来の心配なんて全くしていなかったと思います。
ところがいろんな環境、体験で私たちはそのことを忘れて歪んでいったんですね。
そしていつの間にか「私は辛い、可哀そう」という思考が脳にインプットされました。
それは真我の働きとは別の「自我意識」というものです。
この自我意識が私たちの苦しい元、認知の歪みです。
元フィルムのように、再現現象を繰り返すんです。
そして「自分は辛い、可哀そう」というのは、そのとおりだということになって安心するんです。
「え?安心?安心なんかしていないけど」
とあなたは言うでしょう。
でも私たちの自動思考を司る自我意識は、自分が正しいかどうかを常に実証していて、そのとおりだと確証できた時が「安心」なのです。
たとえそれがあなたにとって辛いものであっても。
そこが慣れ親しんだ安全地帯「コンフォートゾーン(心地いいゾーン)」なんて呼ばれています。
暴力を受けながらも、その人の元に戻ってしまうのは、そういうわけなんですね。
「暴力を受ける被害者」であり続けることが、その人にとっての「コンフォートゾーン」というわけです。
そう、過去の私です。
どうですか?
あなたの辛さは、あなたの「コンフォートゾーン」を守るために、あなたの自我意識というエゴちゃんがやってくれていた防衛反応だということです。
今日はここまでにしますね。
でもなんか、あなたの辛さや苦しみが、あなたを守るために起きていたことだということがわかると、ホッとしませんか?
次はもう少しお話を進めていきます!
最後までお読みくださり、ありがとうございました♡
感謝の気持ちを込めて、皆様へ癒しの祈りを捧げます。
ではまたね!